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“デス・バレー” を超えて

 

 二酸化炭素回収に新素材

 

京都大学物質-細胞統合システム拠点、ロンドン・インペリアルカレッジ、香港城市大学の研究者達で作られた研究チームが、新素材、「ミックスマトリックス膜」を使ったフィルターを開発しました。研究チームは、このフィルターが大気汚染物質など気体中の不純物除去手段の一つである、二酸化炭素貯留技術をより手頃に、よりガス分離の選択性が高いものにすると断言しています。このプロジェクトについて、研究チームのリーダ、シバニア・イーサン教授にパトリックキングスランド氏が話を聞きました。  

 

およそ5000年前、古代メソポタミアの人々は、銅と錫を合わせて精錬するとそれぞれの金属を単独で使ったものより品質の優れた物を作ることができるという事を発見しました。そして、それは人類の歴史上において、新しい世紀の幕開けとされています。

この発見から人類は、強度の弱すぎる金属を用途や目的に応じて、熱した時に可鍛性で冷却すると硬くなる、「新しいマテリアル」に作り変える様になりました。動物の骨や石器製であった生活の道具や武器は、たちまちこの「新しいマテリアル」で作られるようになって行きます。そして、歴史上に「青銅器時代」が誕生したのです。

京都大学物質-細胞統合システム拠点、シバニア  イーサン教授が二酸化炭素貯留技術開発プロジェクトについて論じる際、歴史上のこの発見を言わざるを得ないのです。

 

カーボンスーパーフィルター

シバニア 教授の研究チームは、 ナノ・サイズの添加物(京都大学物質-細胞統合システム拠点の拠点長、京都大学高等研究院特別教授である日本人科学者、北川 進教授が開発した)と、PIM-1と呼ばれる高分子を使い、教授が「二酸化炭素貯留がこれまでなかった程入手しやすく、より選択的に行える」と断言する「スーパーフィルター」を開発しました。

「メソポタミア人のように、単独で使うこともできるけれど、合わせる事によってものすごくパワフルに働く二つのマテリアルを組み合わせたのです。」とシバニア 教授は言います

シバニア 教授のグループが開発したフィルターは、燃焼プロセス中に発生するその他の気体から二酸化炭素を分離する点において、二酸化炭素貯留技術で一般的に使われているものとは違います。
「気体を集めて、全てをただ地面の下に突っ込んでしまうという事も出来ますが」とシバニア 教授は説明します。「しかし、それは全気体の80%が窒素である気体を地下に入れる事になり、意味がありません。より100%に近い、最大限に純粋な二酸化炭素(CO2)をフィルターするテクノロジーが求められているのです。
 

現在の二酸化炭素貯留技術は、「フィルタリングの速度が遅すぎる」のだとシバニア教授は言います。「そうなると、発電所から出る気体の量に合わせてすごい数のフィルターが必要になります。フィルター面積が何百万平方メートルという規模になるのです。」

「単純にフィルターの数を増やす代わりに、ものすごく速度の高いフィルターを使ったら良いのです。」とシバニア教授は話します。「例えば、フィルターコーヒーを飲む時、コーヒーフィルターと沸かしたお湯、それとカップがあって、自分一人分のを淹れるでしょう。では、十人分のコーヒーをこれと “同じ様に” 淹れたい場合はどうでしょう?同じフィルターを10個使って、10カップ同時に “同じ様に” コーヒーを淹れる事もできますがこの場合、フィルターにかかるコストは10倍になります。」

 「このやり方以外に、10倍の速度で 同じ様に” コーヒーを淹れる 新素材 のフィルターを一枚使う事もできるのだという事です」

 

シバニア教授の率いるチームが開発した新規な膜を用いることによって、二酸化炭素貯留技術におけるガスのフィルターを、気体分離の質を落とさず、劇的に速度を上げる事ができるというのです。

「ほとんどの場合、速度が高いフィルターとは、マテリアル分離の質が低い状態でフィルターの外に出てくることを指します。」とシバニア教授は説明します。「我々が開発した膜は、窒素と二酸化炭素の分離を含む多くのガス分離を一度に機能させた上でフィルター速度を上げる事ができるものです。」

 

二酸化炭素回収を低コストで

 

この開発の重要な利点は「コスト」であるとシバニア教授は言います。「速度が10倍とか100倍のフィルターを使う事で、例えば100万平方メートル規模であったテクノロジーが10万平方メートル規模でよくなる。つまり、ただフィルターのマテリアルを変えただけなのに、コストを10分の1下げられるという事です。」

現状として、「二酸化炭素貯留技術はかかる費用が高すぎて手が出ない」という見解は、二酸化炭素貯留技術の研究開発が発展しない主な障壁・難関要因の一つとなっています。

「1000メガワット位の平均的な発電所に対して、大気汚染物質など気体中の不純物の除去するための1ユニットを、現在工業的に使われているテクノロジーで作るなら20億ドル程の費用がかかります。この金額と世界にある発電所の数を掛けたとしたら、その金額は全世界の国民総生産額の半分とか、そういう値段になるのです。」

「この様なお金が、企業が出した『売る事ができない副産物』を収集する為に使われているのです。誰も欲しがらないものを吸収、掃除するという事は、金粒子の入った水を綺麗にして売るという様な話ではないですから、企業にとっては見返りのない話です。」

更にいうと、このテクノロジーの消費者は出来る限り光熱費をかけたくないのです。
「二酸化炭素を出し、生産を続けて上がった電気代は気にならないけれど、二酸化炭素を削減するのにかかる費用は気になるのです。」
 
 
 
 デスバレー(難関・障壁)を超えて。

 

これまで20〜30年間に及ぶ研究・開発におけるチャレンジの集約として、二酸化炭素貯留技術開発は極度のデスバレー現象(優れた技術を有しているにも関わらず、それがなかなか製品化に結びつかない状態)を引き起こしました。

最近の科学雑誌、「Nature Energy」に“二酸化炭素貯留技術の歴史”として記事になったほどです。」とシバニア教授は言います。「結論的にいうと、この技術には多くの熱意が注がれた。パオロット施設を建て、多くの資金が使われたけれどどれも成功せず、今の所デスバレーを超えて実装に至った開発はないのです。」

過去の失敗とそれにかけられた多額の費用により、現在の二酸化炭素貯留技術に対する見方は懐疑的なものとなっています。シバニア教授はチームの開発がこのデスバレーを乗り越える事を確信している一方、この開発は広がる懐疑論との戦いになるであろうと受け止めていると言います。この開発には人々が痛い目に遭った経験から「これまで色々な開発にチャレンジして上手くいかなかった。」「別のテクノロジーでもう一度試す覚悟がまだない。」という側面があるのです。

マーケットがいまだ躊躇している一方で、シバニア教授はへこたれません。研究チームはこの新素材であるマトリックス膜を実際に試すべく、準備を進めています。シバニア教授は最後に「自分の会社を立ち上げて、必ず実現させます」ときっぱりとした口調で主張しました。

 

この記事は2017年8月13日に POWER TECHNOLOGY に掲載されたものです。
翻訳者: 成内 麻樹

 

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