CCS とは
環境問題と資源エネルギー問題は常に相反するものです。日本のエネルギー政策は、福島原子力発電所の事故を機に、再び火力発電に依存することとなりました。石炭や石油などの化石燃料を燃やすことで生じるCO2は、深刻な気候変動を起こす要因とされ、火力発電所をはじめとする固定排出源における有効なCO2回収技術の開発は喫緊の課題となっています。
二酸化炭素の地下貯留(CCS)は、発電所や工場等の施設において化石燃料を燃やした際に大気中に放出されるCO2等の温室効果ガスを適切な貯留サイトに輸送し貯留する技術です。その中で、原油増進回収法(EOR)やCO2-CH4ハイドレート置換法に合わせたCCSは、CO2処理とCH4回収という、環境問題と資源エネルギー問題を同時解決し得る手法として注目を集めています。
このCCSが抱える深刻な課題の一つに、圧入に必要なCO2の分離があります。その分離コストはCCSの全行程の約60%を占め、CCSの実現には効率的かつ低コストのガス分離手法が必要不可欠になります。その中で、現行の分離法に代わる低コスト手法として、膜材を用いた分離法が注目を集めています。
高精度な CO2 分離の必要性
分離・回収された高純度CO2は、地中に圧入する施設まで輸送されます。輸送手法としては、パイプラインや輸送船、少量輸送のタンクローリー車や鉄道コンテナなどが挙げられます。
その中で、大量のガス輸送が可能なパイプラインは、米国で既に原油増進回収法(EOR)への実績があり、最も有力な手法だといえます。しかしながら、通常のガス輸送に使われるパイプラインは、2%以上のCO2濃度で深刻な腐食を生じてしまうため、CO2の輸送には腐食に強い特別なパイプラインが必要とされます。
パイプラインの長さは数十キロから長いものでは300km以上にも及びます。
また、ノルウェーやブラジルでは天然ガスから分離したCO2を地中に圧入しています。資源開発が進み、高品位のガス田が少なくなっている現在、CO2を多く含む天然ガス田が開発されています。例えば、インドネシアの天然ガス田では、約40%~70%をCO2が占めるガス田も開発されはじめています。
主に天然ガスは、液化天然ガス(LNG)として資源所有国から日本へと運ばれますが、天然ガス田からそのLNG製造施設へ輸送するパイプラインにおいても、CO2分離回収による精製は必要不可欠なのです。
膜分離の可能性
出典:CO2回収、利用に関する今後の技術開発の課題と方向性, 資源エネルギー庁, 平成27年6月
現行のCO2分離のほとんどはエタノールアミン等を用いた化学吸収法や、ゼオライト等を用いた圧力スイング吸着法(PSA法)による物理吸収法に依存しております。しかしながら、これらの手法はその設備規模の大きさに加え、CO2脱着に必要なエネルギーの観点からも某大なコストがかかってしまいます。
これに対して、膜材料を用いたガス分離は、設備規模が小さく、これから開発がなされていく小規模の天然ガス田や工場、発電所にも適用できる手法として、多くの注目を集めています。
Sivaniah研究室の取り組み
このように注目を集める膜分離法ですが、未だ広い実用化には至っておりません。その理由として、CO2分離には上記のように膨大な処理量と高い分離精度が必要されることに加え、圧縮されたガスや温度・化学薬品への耐性が求められ、そこに膜材の性能が追いついていないということが挙げられます。これまで、様々な分離手法を利用したガス分離膜が開発されてきましたが、そのコストや安定性、モジュール化の困難性から手詰まりとなってしまっているものも少なくありません。
ポリイミド膜やセルロース膜に代表される高分子膜は、最も安価なガス分離手法として古くから研究が進められてきました。これら高分子膜はガス透過率に課題を抱えており、そのガス透過率が遅さから、ガス処理に広大な膜面積が必要となります。
Sivaniah研究室が取り組んでいるマイクロポーラスポリマーは、その内部に砂時計型のガス分子ふるい構造を有します。これによって、従来の膜材の100~1000倍ものガス透過率を達成してきました。しかしながら、そのガス透過率とガス分離精度はトレードオフの関係にあるとされ、その両立に向け研究がなされてきました。Sivaniah研究室では、マイクロポーラスポリマーの高いガス透過速度を損なうことなく、そのガス分離精度を向上させることを達成しています。その成果の一つが、特殊な熱処理によるマイクロポーラスポリマーの架橋化(Nature Communications, 2014)です。この架橋化されたマイクロポーラスポリマー(TOX-PIM-1)は従来のガス分離膜に比べ、ガス透過率が約100倍、ガス分離精度も約2倍という極めて優れた性能を示しています。また、熱力学的、化学的安定性をも兼ね備えており、膜材の寿命の増大による膜交換コストの削減への貢献が期待されます。